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第3話 新見のゆずソフト

Author: 水鏡月聖
last update Last Updated: 2025-03-05 18:30:52

岡山駅の前の桃太郎像の前で待ち合わせだ。この場所のすぐ目の前がバス乗り場のロータリーになっている。ここからバスに乗って新見市まで行き、そこからレンタルサイクルで目的地の神社まで行く予定だ。

 上田はまだ来ていない。

 バスの時間まであまり余裕はなく、そろそろ来てもらわないとヤバいかなと思い始めていた。なにせ田舎のバスだ。一本乗り過ごしただけですぐに次が来るわけではなく、大幅な時間ロスになってしまう。

 そのときちょうどスマホに着信がある。

『もしもし、わたし、麻里です。今、高野君の後ろ』

「あのなあ。後ろにいるんならいちいち電話かけてこなくてもそのまま声を掛けろよな」

 振り返った僕は桃太郎像の裏側に隠れてこちらをのぞき込む上田のところへ歩みよる。

「それにしてもさ上田。どういうつもりでそんな恰好なんだよ」

「どういうつもりって、まあ、デートですから」

 駅前の桃太郎像の前で待ち合わせした上田は、黒いレースのワンピースに白いタイツ。そして右目にはいつもの黒い眼帯。いわゆる地雷系というやつだ。

「言っておくが今日はデートじゃないし、僕たちは神社の裏山に入るんだ」

「山をなめてるわけじゃないですよ。ほら、これ見てください」

 上田の指さす足元は黒と白との二色で構成されるトレッキングシューズだ。

「確かにそこは間違っちゃいないけれど、ほかにいろいろ間違いがあるだろう」

「あ、この白いタイツなんですけど、ちゃんと虫よけ効果もあるんですよ。入山前にはさらに防虫スプレーも吹きますし」

「いや、そうはいってもなあ……まあ、地雷系ファッションというのも、趣味は人それぞれだから文句は言うまい。夏にも関わらずロングスリーブだということもまあいい。だが、呪いだとかそんな山に入ってその恰好じゃあ、なんというかまあ、いろいろヤバすぎるだろ。もはや呪いの申し子だ」

「でもですね、だからと言って真っ白の服を着て呪いの藁人形を持っているほうがヤバくないですか? 本格的すぎます」

「黒と白以外の服は持ってないのかよ」

「持ってないですよ。必要ありませんから。それに知ってる誰かに逢うわけでもありませんからね、高野君にどうみられるかだけが問題なんです。ねえ、わたし、かわいいでしょ?」

「お、バス来たぞ」

「あ、待て、こら、逃げる気ですか!」


 新見市は岡山県の中部にある。県内でも瀬戸内海に接する南部に岡山市や倉敷市など比較的人口の多い地域が集中し、中部以北は山岳地帯が多いためあまり人口は多くない。

 新見市は山岳地帯の多い中部の中にぽっかりと開いた平野部で、その市街地に人口が集中している。

 岡山駅をバスで出発し、高梁川を沿うように北上していく。しばらくは窓の外を眺めてはいたがあまり変わり映えのない景色やがて飽きてしまう。

「ところでさ」と僕は隣でずっと窓の外を眺め続けている上田に声を掛ける。

「なんで丑の刻参りに行くのに午前から出発するんだ?」

 僕のそんな言葉に、上田は頭に〝?〟がついた状態でふり帰る。

「いや、夜まで時間が余るだろ?」

「いえ、夕方には帰るつもりですよ」

「え、だって丑の刻参り……

「高野君、知らないんですか? 丑の刻は一日に二回あるんですよ。今回は午後の二時に行うつもりですけど?」

「い、いいのか? 普通午前二時にやるもんじゃないのか?」

「まあ、普通はそうかもしれませんけど、さすがにそれはいろいろと大変じゃないですか。それに、わたしだってそんな場所に真夜中に行くのはちょっと怖いですよ」

「あ、そ、そう、なのか……

「どうかしましたか?」

「いや、てっきり今回は泊りなのかと思ってたから、余計な準備をしてきてしまったなと……

「と、泊り……ですか? いろいろと、準備して、いたと?」

「ああ、まあ、それなりには――。あ、いや、違う! そういう意味ではないんだ。つまり、なんだ、その……

「えっと……高野君が準備していたというならまあ、わたしは一泊くらいしてもかまわないですけど……

 上田はジト目で僕の様子をうかがう。

「か、からかわないでくれ。本気にするぞ」

「本気で言ってるんですけどね」

 バスに揺られること九〇分。新見市に到着する。

 岡山県の北西部に位置する新見市の人口は約二六〇〇〇人。岡山県と広島県、それに鳥取県に接する三国山である。豊富な果物王国であると同時に千屋にある千屋牛は世界屈指の美味とされる美食の宝庫だ。晴れの国と言われる岡山県内としては比較的気温も低く、過ごしやすい場所ではあるが、それでもその日の気温は特別だった。

 バスを降りたその瞬間から頭部をじりじりと焦がす太陽に憎しみを感じる。その年は何らかの素数の公倍数の年らしく、ギーギーギャーギャーと梅雨が開けたばかりの蝉が日中をにぎやかに騒ぎ立てる。

 ここからレンタルサイクルでそう遠くない距離だとは聞いているが、さすがにあまり動きたくないなという気持ちは上田にしても同じらしい。

 黒魔術研究部というものが果たして運動部なのか、文芸部と同じ文化部なのかは定かではないが、どちらにしても強すぎる太陽は忌むべき存在だと思っていることは間違いない。

 自転車で数分も走らないうちから弱音を吐きだす始末。

「ひと先ずあそこで休憩してからにしましょう」

 上田が指さす先にはやたらに広い駐車場とそれなりに大きな平屋の建物。寄ってみると、入り口付近のテントの下では地元ならではの地産地消の野菜や果物が販売されており、建屋の半分が土産物売り場、半分は食堂になっていて、さながら道の駅になっていると言えばいいだろうか。土曜日の昼ということもあって田舎にもかかわらず、地元内外からの多くの人でにぎわっている。

「何か食べましょうか?」

「いや、さすがに今から少し動くしな、食べるのは丑の刻参りが終わってからのがいいんじゃないのか?」

「さらっと物騒な言葉を言いますね」

「上田が言うなよ。しかも、その恰好で」

「かわいいでしょ?」

「ま、飲み物でも飲みながら少し休めばいいんじゃないか?」

「おい、聞いてるのかよ! あっ! あれ!」

「どうした?」

「ゆずソフトクリームですよ!」

「だな」

「だな。じゃないですよ! めちゃくちゃおいしいらしいです。噂を聞いたことが何度かあります」

「めずらしいな。上田はあまり甘党ではなかったはずだけど」

「氷菓だけは特別ですよ。高野君は氷菓、きらいですか?」

「きらいなわけないだろう? 大好物さ。特に『愚者のエンドロール』や『遠回りする雛』は本当に傑作だと思う。米澤穂信作品はそのトリックよりも、犯行目的が秀逸な作品が多くて――

「あの? さっきから何を言ってるんですか? 早口で」

――すまない。好きなものの話になるとつい……

「あ、持ち帰りのできるゆずシャーベットというのもありますよ」

「それこそ今からかってどうするんだよ。買うならせめて帰り際にしないと荷物になるし、とけてしまうだけだろ」

「溶ける前に食べちゃえばいいじゃないですか」

「お前はななせかよ」

「ああ、デリカシーがないですね。なんでデート中にほかの女の名前を出しますかね」

「デートじゃないだろ」

「デートですよ。言いませんでした?」

 ともかく僕たちはひとまずソフトクリームでも食べてからだを冷やしてから出発しようという話になった。

「ゆずソフトをひとつください」

 上田が注文し、続いて僕が、

「プレーンソフトをひとつお願いします」

 と……

「ねえ、高野君。どうして君はそういうことが平気でできるんですか? せっかくわたしがゆずソフトがおいしいって教えてあげているのに、どうしえあえてプレーンのほうを頼みますかね」

 ――しまった。これにはこれでちょっとしたわけがあって癖になってしまっているのだが……

 ともかく僕らはベンチに並んで座り、ソフトクリームを食べる。プレーンのほうもなかなかにうまい。しかし、正直に言えばさすがにせっかくおいしいという噂のゆずソフトを食べてみたいという気持ちはある。が、しかし、さすがに上田が食べているそれを一口食べさせてほしいとは言えない。

「あれ、マコト? こんなところでなにしてんの?」

 不意にかけられた声に目を向けると、そこには完璧で究極な美少女伏見ななせがいた。夏らしいスカイブルーのノースリーブシャツと白のショートパンツから日焼けした細い手足が伸びている。小柄な彼女が一層小さく引き締まって見える。

「な、ななせ? なんでこんなところに?」

「あ、ほら、今日は休みだからさ、千屋牛バーガーを食べに来たの」

「千屋牛バーガー?」

「しらないの? 新見の名産の千屋牛を使ったハンバーガーよ。絶品なんだから!」

「わざわざこんなところまで?」

「おいしい食べ物は旅とセットなの。それで、あなたたちはどうしてこんなところまで?」

「伏見さん。そんな野暮なことをわざわざ聞かないでくださいよ。見て分かりませんか? デートですよ、デート」

「おい、上田。ちょっと待てよ」

「高野君は黙っていてください! 伏見さん、せっかく偶然出会ったところ申し訳ないのですが、デートの邪魔になるといけないので、向こうに行ってもらって構わないですか?」

「おい、上田――

「あ、いいのいいのマコト。アタシもちょっと用があったし、それじゃあね」

 ななせはおとなしく退散し、僕と上田の間には言い知れぬ気まずさがあった。確かに今日は上田のフィールドワークに付き合うためにここに来たのだが、彼女とて僕がななせに好意を抱いていることぐらい知っているだろうに、あの言い方はいかがなものかと思うし、ななせにもちゃんと言い訳をしておきたいと思うのだが……と思っていると、すぐ目の前に再びななせがいた。手には、ゆずソフトを持っている。

「あー、そうそう。アタシさ、この後でこの近くにある育霊神社に行ってみようと思っているんだけどさ。すごく面白いところらしいので、よかったお二人もデートで行ってみてはどうかな?」

「はー。やっぱりそういうことですか。偶然、なんて言いながら、本当は全部知って先回りしていたのですね」

「えっ? なんのこと? 偶然だよ、偶然!」

「はいはい。わかりました。わたし達も今からそこへ行くので、せっかくなのでご一緒しましょう」

「そう、それはまた偶然ね!」

 

 ソフトクリームを食べたからだろうか? さっきまで暑かった夏の日差しの中、少しばかりの寒気を感じる。

「あ、マコト! プレーンのほう食べてるんだ! 実はアタシ、そっちのほうも気になってたんだよね。ちょっと交換!」

ななせは僕の手からプレーンのソフトクリームを奪い、替わりに自分の持っていたゆずソフトを渡す。

確かにゆずソフトは冷たくてさっぱりしていてとてもおいしかった。

そして、上田の視線が恐ろしく冷たかった。
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    「その……助けに来てくれて、ありがとうございます」「いや、僕の方こそ遅くなってごめん」「いや、ほんと。逃げだしたのかと思いました」「掃除道具入れの扉がなかなか開かなかったんだ。建付けが悪いみたいで。流石に、あれに素手で立ち向かうのは無謀かと思って」「デッキブラシ……あんまり役に立っていませんでしたね」「初めの一撃をそらせただけで十分に仕事はしたよ」「腕、大丈夫ですか? 殴られてましたけど、折れたりしてません?」「こうみえて、僕はそれなりに丈夫なんだ。それに、もし折れていたとしても女の子の前で折れていると泣き言をいうような軟弱じゃあないよ。そのくらいの見栄は張る」「そんなこと言って、本当は木梨君と一緒に診察を受けるのが嫌なだけだったりして」「ぐ……。いいかい、僕は女の子の前では見栄を張るんだ。だから女の子はそれを見抜いてはいけない。もし見抜いても、口に出してはいけないよ」「そうですか。それは残念です。もしわたしのせいでけがをさせてしまったのだとしたら、わたしもわたしなりにお詫びをしないといけないかと思っていたんですけど……」「あ、腕折れたわ。これ、完全に折れてるな。まいったなー」「とは言っても、わたしにできることなんてあまりなくて……。体で払うというのでは、ダメですか?」「あー、腕治った。うん。今完全に治ったわ。ありがとう。いろいろと気づかいしてくれて。でも、もう大丈夫みたいだ」「ねえ、それってちょっとひどくないですか?」「ヒドイのはどっちだよ。思春期の男子ってのはな、そういう冗談をわりと本気にしてしまうんだ。それを見て面白がるというのはずいぶんとたちが悪い」 ――それを、冗談だとして受け流すのだってたちが悪い。そういうの、思春期の女の子は割と傷ついてしまうというのに……「でも、ありがとう」 聞こえないくらいに小さな声でつぶやく。「ん?」「なんでもない」「そうか……」「それにしても、どうして犯人が木梨君だとわかったのですか?」「うん、まあ、いろいろあったけれど、最終的に決め手となったのはあの三色ボールペンだよ。 あのボールペンはおそらく犯人が藁人形を打つ時に落としたもので、赤のインクがなくなっていた」「でも、それがどうして?」「木梨が見せてくれた、あの緋文字のルーズリーフがあっただろ? おそらくあれを書いたことがきっかけで三色のうちの赤のインクだけがなくなってしまっ

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第13話 対決

    『今日、あなたの髪の毛を数本お預かりしました。 あなたの持っている伏見ななせの髪の毛と交換してはいただけないでしょうか? 学校近くの○○公園で待っています。もし、午後十時までに来ていただけないようでしたらお預かりしている髪の毛は私用に使わせていただき、かつ、すべての事情を関係者全員に報告させていただきます。 交換に応じていただければ、今後一切において他言無用とすることをお約束します                          二年 黒魔術研究部所属 上田麻里』 犯人あてに長めのメールを送信する。そもそも犯人が伏見ななせを襲った理由は、事実を皆に知られたくなかったからだ。それを、こうして皆にばらすというのであれば従わないわけにはいかないだろう。 あえてわたしの名前を提示したのは、相手を油断させるためだ。 約束の公園に到着。この公園はその周囲を生け垣が覆っており、外から中が見えにくいばかりか、その逆もまたしかりである。日が暮れた後は薄暗いためあまり人は寄り付かない。 わたしはブランコのところで座って待ち、高野君は少し離れた公衆トイレの入り口の目隠し裏に隠れて待つ。公園の入り口は二つ、南北それぞれにあるが、このブランコの位置からならその両方の場所がしっかりと見える。逃げるにしても生け垣が邪魔をするため、この出入り口を使うほかないだろう。 犯人が到着したところで高野君が後ろから回り込み、逃げ道をふさぐことになっている。  犯人は間もなくして現れた。公園の南側の入り口からゆっくりと歩いて入ってくる。わたしの存在を見つけ、わき目も振らず、ゆっくりとねめつける様に近づいてくる。 静かな公園の中を、ずりずりと何かを引きずる音がする。 高野君は、もしかすると事態を甘く見すぎていたんじゃないだろうか。犯人は金属バットを引きずっているのだ。 無理もない。彼にとって事態は甘く見えたものではなく、すべてが露見してしまうのならば手段は辞さないつもりらしい。わたしはすぐにでもその場から逃げ出したかった。 しかし、高野君が守ってくれると言ったのだ。とはいえ、何も武器など持っていないはずの高野君に、金属バットを持つ犯人からわたしを守る力はあるだろうか。体格にしても、おそらく犯人は高野君よりもがっちりしている。 犯人はわたしのすぐ目の前に到着する。金属バットを持ち上げて、肩に担ぐ。威嚇する

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第12話 犯人推理

     伏見さんを見かけ、ちょとした事件が起きたものの、進藤先輩のその一言で一件は落着したかのように見えた。 病院を出て、伏見さんと高野君とは解散して、ひとり帰路についたころに電話が鳴る。『上田。僕だ、高野だ。今からちょっといいかな。手伝ってもらいたいことがあるんだ』「全部、終わったんじゃないんですか?」『このまま終わらせるわけにいくかよ。ななせが、襲われたんだ。このまま見逃してやるわけがない。でも、ああでもしないとななせはまた首を突っ込むだろう? あいつをこれ以上危険な目に逢わせたくはないんだよ』「わたしなら、危険な目に逢わせてもいいと?」『信頼してるんだよ、上田のこと。それに危険なんかじゃない。僕ががちゃんと守ってやるから』 ――まったく。信頼しているだなんて、なんてひどい呪の言葉だろうか。そんな呪を掛けられれば、協力しないわけにはいかないじゃないか。 それがたとえ、恋のライバルのための行動であっても、わたしは高野君の信頼に答えたいと思うのだ。役に立ちたいと。 まったく。彼はシンドウ先輩のことをどうこう言えた立場じゃないことを理解しているのだろうか? 大丈夫。高野君が守ってくれると言っているのだ。何を恐れる必要があるだろうか。 これは呪いの言葉なんかじゃない。純愛だ。間もなく高野君がわたしのアパートへやってきた。狭いテーブルに向かい合って座り、「ひとまずここまでの話を整理しよう」と言ってきた。高野君は伏見さんから預かっている手帖と三色ボールペンを取り出し、これまでのいきさつを話してくれた。今日の放課後、伏見さんと高野君の二人で関係者に聞き込みをして、その後伏見さんが一人になったところを襲われた。おそらく犯人は今日接触した人物の誰か。サッカー部の三人のマネージャー。花宮、海山、木梨。それと海山の恋人樫木の四人だ。花宮は被害者である進藤とは幼馴染、どうやら以前付き合っていたこともあるようだ。海山は以前、進藤から言い寄られていたが、海山が樫木と交際するようになり、現在進藤は木梨と付き合っているが、ふたりの仲は秘密になっている。「ななせの証言によると、襲った犯人は身長が一七〇前後といったところらしい。もちろん、はっきり見たわけではないのでどのくらい信頼できるかは定かではないけれど」「花宮さんは、華奢だからそんなに大きなイメージがなかったけれど、それは進藤先輩と一緒に

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第11話 キャプテン進藤

    まったくもって、これは僕の失態だった。やはり犯人は軽い気持ちで呪いをかけ、本当に進藤さんが怪我をしてしまったことに畏怖してしまったんじゃないだろうか。自分のせいかもしれないと感じているところに、僕らが余計な詮索をしてしまったがために、犯人は己の身を護るためにななせに危害を加えて沈黙させようとしたのではないだろうか。呪が実在するかどうかはさておき、実際に進藤さんが怪我をしてしまったことで犯人は自分のせいかもしれないという念に駆られ、それがばれてしまうのではないかという恐怖と向き合わなければならなくなってしまった。それば、いわば自分自身に呪いをかけてしまったと言えるのではないだろうか。人を呪わば穴二つ。呪いをかけるものはやはり自分にそれが返ってくることがあるのだ。――自分のせいかもしれない。総合病院に急ぐ自分自身に、その言葉が返ってくる。思えばあの日、上田の用意した藁人形に僕とななせの髪の毛を入れてしまったのだ。もし、呪いなんてそんなものがあるとすれば、ななせが襲われたのはやはり自分のせいだ。そうでなくとも、僕がちゃんと最後までついていてやれば、いや、もっと早い時点でこんなことに首を突っ込まないように言っておけば、こんな事態は避けられたのかもしれない。総合病院の待合室、首にコルセットをつけたななせと、彼女に寄り添う上田の姿があった。上田が偶々眼科の診療のため訪れたところで、病院の近くに倒れていたというななせが緊急搬送されてきたというのだ。「ごめん、マコト。余計な心配かけちゃって。たいしたことないんだよ。こんなコルセットなんてしてるけど、念のためっていうだけで、明日は普通に学校にも行けるから」 平常を取り繕うとしているが、実際に襲われて平気なはずがない。怪我こそそれほどではないにしても、メンタル的な問題のほうが重要だ。「いったい何があったんだ?」「うん、実はね……」 ななせの証言をまとめるとこういうことになる。 今日の放課後、僕と口論になり、ひとりになったななせは再び花宮さんのところに行き、進堂さんが入院しているというこの病院のことを聞いた。そしてななせは一人ここへ向かっている道中で後ろから何者かに襲われたらしいのだ。 いきなり首の後ろを鈍器で殴られ、意識がもうろうとなり、振り返ったところにサングラス、マスク、帽子で顔を隠し、夏にもかかわらず体型のわかりにくい上

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第10話 副キャプテン樫木

    「今の内よ。カシワギ君に話を聞いてみましょ」 ななせに従い休憩している部員たちのもとへ行く。「あの、カシワギ君。少し話をしたいのだけどいいかな?」 不意に話しかけられた樫木は少し驚いた様子できょろきょろとあたりを見回す。海山さんと視線を合わせ、何やらアイコンタクトした様子で立ち上がり、皆が休憩している場所から離れた。僕らの一行を少し離れた場所から海山さんが心配そうに見ている。「ごめんね、そんな緊張しなくてもいいのよ。アタシたち、今、進藤先輩のことでみんなに話を聞いてるの」「はあ……でも、なんで俺に? 部員ならほかにもたくさんいるのに」「それは、カシワギ君が海山さんと付き合っているからよ」 ななせは、樫木に呪いの藁人形のことを話した。「アタシはね、犯人は女子生徒じゃないかって思っているの。わかるでしょ?」「そりゃあ、まあね。進藤さんは多くの女子から好かれ、多くの女子から恨まれている」「そこで、疑いの深い人から順に話を聞いているわけだけど、それで、海山さんとカシワギ君が付き合っていると聞いて少し聞きたいことがあってね。そのことで、海山さんにもかかっている容疑が晴らせるかと思って」「まあ、そういうことなら……」「じゃあ、質問ね。海山さんと付き合うようになったいきさつは?」「え? それって必要なこと?」「そうね。シンドウ先輩は海山さんにしつこく迫っていたらしいじゃない? そのさなかをカシワギ君は割って入り、海山さんと交際を始めた。そのことで、シンドウ先輩から嫌がらせを受けたりはしなかった? あるいはそのことで、カシワギ君がシンドウ先輩に対して恨みを持ったりはしなかった?」「それって、俺も疑われているってことじゃないっすか?」「可能性はゼロではないと思うわ。だから、そのあたりのことを正直に教えてほしいの」「まあ、そういうことなら仕方ないけど…… 海山がサッカー部のマネージャーになったのは去年の夏くらいかな。全国大会に行く少し前で、あの時は人手が足りないからってすぐにマネージャーとして入部が認められたんだ。俺としては海山はもろに好みのタイプで、最初のころからずっと気にはかけていた。でも、まあ、なかなか積極的にはなれなくて、それでも少しずつは距離を縮めてたんだ。 進藤さんだって、そのころは花宮さんと付き合っていたし特にライバル視をする必要もなかった」「花宮さんって進藤先輩と付

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第9話 マネージャー木梨

     炎天下の屋外だというのに、部室から出た時には少し涼しくも感じる。 サッカー部の面々は大きな声を出し合って走り回ってりというのだから素直にすごい。 部のキャプテンである新堂さんが怪我をしたことに不安もあるだろうに、むしろそれでも勝つという意気込みが伝わってくるようだ。 いや、むしろ意気込みがありすぎるのかもしれない。センターフォアードの部員の掛け声は大きな声を出しすぎてしまったのか、掠れてしまっている。「あの人、気合入れすぎだな」 僕のそんなつぶやきに、隣のななせは答える。「あの人がカシワギ君よ。さっきの海山さんのかれぴ」「ふーん、そうかあ……なんていえばいいのかな。その……普通だね」「ふつう?」「うん、進藤先輩ってイケメンでサッカー部のエースなんだろ? その進藤先輩に言い寄られていたのを断ってまで付き合った樫木君とは、いったいどれほどのいい男かと思ったんだが……」「そうかしら? アタシ、結構カシワギ君ってポイント高いと思うけどね。なんか誠実そうだし、気が利きそうじゃない? シンドウ君は確かにイケメンだとは思うけれど、恋人にすると考えたらどうかしら? やっぱり浮気性な男は信用できないわよね」 ななせのそんな言葉を、僕は心のメモ帳に記載しながら「あっ」と指さすその先に視線を送る。買い物袋を両手に下げた制服姿の生徒が炎天下の中のろのろと歩いている。流石にあのか細い腕であの量の荷物を一人で運ぶのは気の毒に思えた。「あれが、木梨さんよ。サッカー部の三人目のマネージャー」「え、あれが?」「そうよ?」「いや、なんというのかな……。あの木梨さんって人と進藤先輩は今付き合っているんだよね?」「だからそういってるじゃない。まあ、表向きには秘密にしてるっぽいけど」「いや、花宮さんが言っていたけれど、進藤先輩って本当に手あたり次第なんだな」「マコトォ~。さっきから君、よくないよ。人を見た目だけで判断してんじゃん。大事なのは中身だよ」 ななせは木梨さんに駆け寄る。荷物を半分持ってやろうというのだろう。流石にそれを僕が黙ってみているわけにもいくまい。ななせと木梨さんが荷物を半分ずつ持って、その横を手ぶらの僕が歩くというわけにはいかないだろう。 駆け寄った僕は手帳とペンをななせに渡し、木梨さんの荷物を半分持った。中身はほとんどがスポーツドリンクで、残りの少しは絆創膏などの医療品だ。 ペンと手

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第8話 マネージャー海山

    「それじゃあ、アタシ、聞き込みがあるのでそろそろ……あ、その木梨さんと、海山さんって今どこにいますか?」「木梨は今買い出しに行っているはずよ。海山なら向こうの部室にいるはず」「わかりました。ありがとうございます!」ななせは頭を下げて校庭隅の部室へと向かう。途中でぽつりとつぶやいた。「やっぱり、ハナミヤ先輩はシンドウ先輩のことが好きね」「本人は否定していたけど?」「さっきのBL漫画のユキカゼ君って、シンドウ先輩に似てるしね」「それはななせも推しだって言っていただけど――」「それはそれよ。それに、ただの幼馴染なら部のマネージャーなんてしてないでしょ? あれは、シンドウ先輩に悪い虫がつかないように近くで見張っているのよ」「めちゃくちゃついてるみたいだけど」「恋は思い通りに行かないものなのよ」「そんなものか?」「そんなものよ。あ、ところで手帖、ちゃんとつけてくれてる?」「こんな感じでどう?」「うんうん、ちゃんとできてる……で、これは何?」 手帳にはまず、ななせと書き、進藤に矢印を向ける。その下には『興味ない』の文字。そして進藤から雪風君に矢印を向け『似ている』また、ななせから雪風君に矢印を向けて『推し』と記入している。「一見矛盾しているようにも見えるだろ? さっき聞いた話の中で、一番気になったところだ」サッカー部の部室は平屋の小さな建屋だが、サッカー部は部員が多くて一年生は外で着替え、あとで荷物だけを中へ持ってはいるようになっている。 二年の女子マネージャー海山は今、部室の掃除をしているらしいのだ。基本男子部員たちが着替えをする場所で中は窮屈だ。部員たちが校庭で練習しているときくらいでないと掃除をするタイミングはないらしい。 縁に錆のついた部室の金属ドアを開き、中をのぞき込む。思春期男子の体臭と思しき匂いが夏の熱気にさらされてむわっと流れ出る。 中央のベンチに制服姿の女子生徒が座り、スマホをいじっている。きれいに染色された茶色の長い髪で真っ白な肌。割とっしっかり目のメイクは運動部員にしては珍しいが、マネージャーという立場ならそれほどでもないのか。背こそはそれほど高くもないが、胸囲は十分に発育しているようだ。「あの、マネージャーの海山さん?」「は? そうだけど?」 一瞬だけこちらに目を向けたものの、何事もなかったようにスマホに視線を戻して操作を再開ながら彼女は言った。「

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第7話 マネージャー花宮

     サッカー部が必死で練習をしているグラウンドの隅。ななせは躊躇することなく侵入していく。地方予選を勝ち抜き、全国大会の日も近い。そのタイミングでキャプテンの進藤隼人が怪我をしたことで部全体が殺気立っていることは明白で、そんなところに躊躇なく入って行けるななせのメンタルはすさまじい。  ななせはグラウンドの隅で、選手の様子を見ながら記録をつけている女子マネージャーのもとへと進む。実際に運動するわけではないが、ちゃんと学校既定の体操着を身に着け、長い黒髪をポニーテールに結わえているその人は、遠目に見ただけで美人であることがわかる。女子にしては背が高く凛々しささえ感じる。  ななせは一度立ち止まり、振り返ると僕にポケットから取り出した新品の手帳と三色ボールペンを差し出した。 「ところでマコトン君」 「まことんくん? それはもしかしてあれか? 僕のことを頼りのない助手として使おうって意味なのか?」 「君の役割は記録係だ。アタシが聞き取りをした事実を君はそれで記録したまえ」 「なんか、楽しそうだなって、このボールペン、昨日拾ったやつじゃないか」 「つべこべ言わない!」  ――へいへい。黙って記録係に徹することにしよう。 「あの、サッカー部のマネージャーのハナミヤさん、ですよね?」 「え、ええ……そうですけど……」  ななせが彼女の名前をはじめから知っていたとは限らない。体操着の胸にはちゃんと『花宮』と書かれている。彼女の名前がよほど変わった読み方をするのか、あるいは事情があって誰かの体操着を借りているというわけでもない限り、彼女の名前はハナミヤだ。  いやしかし、クイーン風の可能性をいちいち考えていくというのは少々面倒くさいのでこんな物言いはやめることにしよう。 「花宮さん、ちょっと聞きたいことがあるですが、今、少し大丈夫ですか?」 「え、ええ。なにかしら」 「キャプテンのシンドウ先輩のことです」 「もしかして、進藤に何かされた? それとも彼に興味があるとか? もしそうならやめておいたほうがいいわよ。何かされる前に」 「興味があるなら、何かされてもいいんじゃないですか? むしろ、興味のある人になにもされないことのほうが悲しいですよ」 「何か、されたいの?」 「あ、シンドウ先輩の話じゃないですよ。アタシ、ああいうのは苦手なタイプなので」

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